武富士

消費者金融の最大手だった武富士

倒産した消費者金融で、誰もが一番に思い浮かぶのは当時最大手であった武富士かと思います。会社の規模、知名度、資本力のどれを取っても他の廃業した金融業者と比較すると群を抜いています。

また、過払い金請求の額も飛び抜けており、約90万円に請求者に対して1兆3800億円の過払い金請求を受けることとなります。当然、そんな額が支払えるわけもなく破産してしまうわけですが、もしも過去30年分の過払い金が請求となったらどれほどの額になっていたか知りたいものです。

武富士の上限金利時代推移

上記の図表で示すように、過払い金請求が認められたのは2000年以降の「29.2%」での融資に対してのみで、それ以前の考えられないような高金利での過払い金は認められていません。にもかかわらず、1兆円以上の過払い金が発生しているということは、どれだけ多くの人に対して違法な金利を取っていたかとうことです。

武富士の企業概要(平成10年)

社名:株式会社武富士
本社:東京都新宿区西新宿8-15-1
創業:昭和41年1月
代表:代表取締役会長 武井保雄
資本金:304億7,790万円
発行済株式総数:147,295,200株
店舗数:528店舗(平成9年3月末)
従業員数:3,902名

武富士のポケットテッシュ

武富士ダンサーズ

武富士ダンサーズ 武富士ダンサーズ(2)
武富士のテレビCMで最も有名なのは、平成3年から平成7年にかけて放映された武富士ダンサーズによるテレビコマーシャルです。平成10年には更にバージョンアップした「ダンス1998」では、国内で活躍するプロダンサー150名からオーディションによって選出された本格的なダンスシーンは、今でも語り草になっています。 ちなみにギャラは一本30万円だったそうで、継続が続くと半年に一回30万円が振り込まれていたといいます。また、このCMを手掛けた広告会社の中央宣興は、武富士の後を追うように2010年9月に破産して廃業となりました。

 

武富士の社外活動

take1カントリークラブ

TAKE1カントリークラブ

1987年、武富士は念願のゴルフ場経営に乗り出します。東京から約1時間の範囲で行け、霊峰富士を始め美しく連なる山脈を眺望する絶好の景観は、多くのゴルフ愛好家に好まれたと思います。
プレー料金、平日18,400円、土曜日28,400円、日祝28,400円
武富士バンブー

武富士バンブー

廃部となったイトーヨーカードーのチームを引き継いでVリーグに参戦していました。海外の有力選手を引き入れて、精力的に強化活動に推進していたのが懐かしく思います。残念ながら経営母体の武富士の破産でチームは解散となってしまいますが、当時を知る人にはいつまでも忘れることができないシーンでしょう。

モータースポーツ活動

モータースポーツ活動

80年代後半にテレビ番組であった「たけしプロジェクト」と組んで、当時国内最高峰のレースであったF3000に参戦したのを皮切りに、世界的なレースであるルマンにも参戦して全世界に「武富士」のステッカーを宣伝したことは、日本が元気だった頃の懐かしい思い出と言えるでしょう。
ゴルフツアー

LPGA武富士クラシック

アメリカのLPGAゴルフツアーに2000年〜2006年の7年間、LPGA武富士クラシックとして主催していました。当時はまだ日本選手の出場も少なく、2006年に参戦する宮里選手の登場まで待たなくてはなりませんでした。
武富士御殿

武富士御殿「真正館」

敷地面積1500坪、総工費30億円をかけて建設された研修施設「真正館」は、実際はオーナー一族の居住宅として利用されていたと言います。地下にはプールが設置されてあり、毎月行われる幹部研修会では打ち上げには武富士ダンサーズによるダンスパーティーが行われていたといいます。

新入社員教育

武富士は90年代後半、総融資残高1兆円を有し、1996年法人所得ランキング21位にランクされる国内国最大の消費者金融会社でした。社員数も3900人を有し、毎年数百名の新人社員を採用していました。

教育研修では階層別に綿密なカリキュラムが作成され、金貸しに必要な金融の知識はもとより、顧客に的確なアドバイスを提供できるよう、さまざまな素養を習得させることに徹底していました。

研修は、本社および全国5ヵ所の研修センターにおいて年間を通じて行なわれ、専門知識のみでなく、語学、一般教養など70コースを有する通信教育制度も用意されていました。

社員研修風景

武富士が倒産するまでの沿革

  • 昭和41年01月0武井保雄によって富士商事が設立される。当時は団地金融。
  • 昭和43年06月0名称を武富士商事に変更。
  • 昭和45年08月0ヤマトローンサービスをオープン。
  • 昭和46年07月0ヤマトローンサービス横浜支店をオープン。
  • 昭和46年09月0東京都板橋区において本社ビルを新築落成。
  • 昭和47年02月0東京の中心地である銀座に支店オープン。
  • 昭和47年03月0ヤマトローンサービス赤羽支店をオープン。
  • 昭和47年08月0フジプラザ新橋支店をオープン。
  • 昭和47年08月0フジプラザ新宿支店をオープン。
  • 昭和47年11月0富士商事の出資金を1,500万円に増資。
  • 昭和49年04月0札幌支店をオープン、初の地方進出成功。
  • 昭和49年04月0神田支店オープン、支店内に営業本部と管理部を配置。
  • 昭和49年11月0有限会社から株式会社へ変更。
  • 昭和49年12月0株式会社武富士に名称を変更。
  • 昭和50年01月0株式会社武富士の資本金を4,500万円に増資。
  • 昭和50年03月0仙台支店をオープン、東北進出成功。
  • 昭和50年03月0名古屋支店をオープン、中部地方進出成功。
  • 昭和50年04月0新卒者採用を開始。
  • 昭和50年07月0新潟支店をオープン、北陸地方進出成功。
  • 昭和51年10月0福岡支店をオープン、九州地方進出成功。
  • 昭和51年01月0コンピュータシステムの導入開始。
  • 昭和51年02月0広島支店をオープン、中国地方進出成功。
  • 昭和51年04月0大阪支店をオープン、関西地方進出成功。
  • 昭和51年10月0鹿児島支店、千葉支店をオープン。
  • 昭和52年02月0高松支店をオープン、四国地方進出成功。
  • 昭和52年09月0株式会社武富士の資本金を9,880万円に増資。
  • 昭和52年10月0貸付融資残高が100億円を達成。
  • 昭和52年12月0子会社のヤマトローン他2社を統合し、資本金を1億5,000万円に増資。
  • 昭和53年02月0サラリーマンであった名称を「enショップ」にする。
  • 昭和53年03月0株式会社武富士の資本金を3億円に増資。
  • 昭和53年05月0池袋サンシャインビルに本社移転。
  • 昭和53年07月0ミリオンファイナンスと株式会社テイケイアイを設立。
  • 昭和54年02月0札幌、名古屋、福岡に支社をオープン。
  • 昭和54年03月0株式会社武富士の資本金を5億円に増資。
  • 昭和54年12月0株式会社武富士の資本金を8億円に増資。
  • 昭和55年07月0第一回無担保転換社債を発行する。
  • 昭和55年08月0仙台に支社をオープン。
  • 昭和55年11月0創業15周年記念式典を開催、資本金を8億1,500万円に増資。
  • 昭和55年12月0関連会社のミリオンファイナンスと(株)テイケイアイを吸収。
  • 昭和56年03月0大型コンピュータを導入、各営業店舗をオンラインで結ぶ。
  • 昭和56年06月0貸付融資残高が1,000億円を達成。
  • 昭和57年03月0株式会社武富士の資本金を9億1,772万円に増資。
  • 昭和57年06月0資本金を32億1,204万円に大幅増資。
  • 昭和57年11月0資本金を34億5,000万円に増資。
  • 昭和58年01月0ゴールドカードマネーエキスプレスを発行。
  • 昭和58年09月0大宮、広島に支社をオープン。
  • 昭和58年11月0資本金を49億5,000万円に増資。
  • 昭和58年11月0全国の支店を網羅するオンラインシステムが完成。
  • 昭和58年12月0貸金業登録、登録番号関西財務局長(1)弟00020号。
  • 昭和59年05月0全国133カ所に管理室を設置する。
  • 昭和59年07月0ジャパン・ハワイ・ファインナンス(株)を買収。
  • 昭和59年09月0八重洲に本社ビルを落成、本社機能を移転。
  • 昭和60年08月0ATMシステム設置開始、初期導入48台。
  • 昭和61年04月0業界初の外債発行。
  • 昭和61年11月0資本金を104億5,000万円に増資。
  • 昭和61年12月0創業20周年記念式典を開催。
  • 昭和62年04月0初のテレビCM放映開始。
  • 昭和62年08月0貸付融資残高が3,000億円を達成。
  • 昭和63年10月0全支店総顧客口座数が100万口を達成。
  • 平成02年04月0ル・マンのレースシーンによるテレビCM放映開始。
  • 平成03年02月0貸付融資残高が5,000億円を達成。
  • 平成03年04月0第一次武富士ダンサーズによるCM開始。
  • 平成04年05月0新宿に本社ビルを落成、本社機能を移転する。
  • 平成04年08月0全支店顧客口座数が150万口座を達成。
  • 平成06年03月0資本金を163億2,790万円に増資完了。
  • 平成06年07月0貸付融資残高が7,000億円を達成。
  • 平成07年10月0無人契約機「\enむすび」を導入開始
  • 平成07年11月0全支店顧客口座数が200万口座を達成。
  • 平成07年12月0金融機関とのCD・ATM提携を開始。
  • 平成08年01月0CMキャラクターとして細川直美を起用。
  • 平成08年02月0貸付総融資残高が9,000億円を達成。
  • 平成08年08月0店頭市場での株式上場を達成。
  • 平成08年08月0株式公開で初値1,2000円をつける。
  • 平成08年09月0貸付総融資残高が1兆円を達成。
  • 平成11年10月0新CMキャラクターに長山洋子を起用。
  • 平成12年03月0ロンドン証券取引所に株式上場。
  • 平成12年11月0武富士の批判記事を書いていたジャーナリスト宅への盗聴事件が発覚。
  • 平成13年05月0弘前支店で強盗放火殺人事件が発生、大々的にニュースで取り上げられる。
  • 平成13年07月0第三次武富士ダンサーズによるCM開始。
  • 平成15年12月0ジャーナリスト宅への盗聴事件が刑事事件になったことで武井会長が辞任。
  • 平成16年11月0武井元会長に対して懲役3年、執行猶予4年、会社に対して罰金100万円の判決がでる。
  • 平成22年02月0財務状況悪化に伴い、キャッシング停止に陥る。
  • 平成22年09月0会社更生法申請に踏み切る、株式売買は停止し整理銘柄となる。
  • 平成22年10月0東京証券取引所上場廃止決定。
  • 平成22年11月0ロンドン証券取引所上場廃止決定。
  • 平成23年04月0買収されて武富士は消滅。

90年代長者番付

90年代は消費者金融の創業者が長者番付にバンバン登場していた時代です。代表的なところでは、武富士の武井保雄氏、プロミスの神内良一氏、ユニマットライフの高橋洋二氏、レイクの浜田武雄氏、アイフルの福田吉孝氏、日立信販の二重作弘正氏がランキングに名を連ねています。

長者番付

テレビCM

サラリーマン金融の時代、広告手段は街中の看板や交通機関の広告、新聞広告などが中心でしたが、テレビCMが放映されて以降爆発的に利用者が増加しました。それほどテレビCMは効果的な広告手段なのです。大手消費者金融は有名どころの俳優や歌手などをCMに起用しましたが、その中でも武富士のCMは独創的て他の業者とは一味違った雰囲気のものが多かったように思います。

1987年放映開始の第一号CM

制服を着た女性がダンスをするシーンのCMですが、これが後に本格的なダンスを盛り込んだ武富士ダンサーズに発展することになりました。

1988年〜1990年に放映されたルマンCM

80年代後半、当時モータースポーツに参戦していた武富士はテレビCMでもそのレースシーンを使用していました。CMで使用されていたのは、世界三大レースに数えられるル・マンでのレースシーンです。

1991年〜1996年に放映された武富士ダンサーズCM

武富士のCMで一番印象に残っているのが、武富士ダンサーズが登場したCMでしょう。これまでのダンスと違うところは、登場人物がすべて国内を代表する一流ダンサーを起用したことで、本格的なダンスシーンは今までのCMを根底から覆すような出来栄えでした。

1996年〜1998年に放映された細川直美のCMM

当時、自動契約機のイメージキャラクターとして起用されていた細川直美が起用されたCMです。当時、力を入れていた自動契約機「enむすび」を宣伝する目的で作られました。

1997年に放映された動物アニメのCMM

まるで昭和に戻ったかのような感じのアニメCMですが、当時はバブル崩壊で莫大な不良債権で苦しんでいた銀行業界に気を使ったのかもしれません。内容は、メリーさんのひつじの替え歌で熊や鳥が和んでいるシーンです。

1999年〜2001年に放映された長山洋子のCM

当時、すでに演歌歌手となっていた長山洋子を起用したCMです。今までのダンスをメインとしたCMとは一新し、落ち着いた雰囲気の内容にモデルチェンジしています。

2005年〜2007年に放映された佐藤寛子のCM

ジャーナリスト宅への盗聴事件が発覚以降、テレビCMを自粛していましたが、2005年に再開したのがこの佐藤寛子を起用したCMです。

2008年に放映された内田有紀のCM

武富士最後となったのが2008年に放映された内田有紀のCMです。もはやこの時の武富士の財務状況は火の車となっており、キャッシング受付が不可となっていた時なので、当時の状況を想像しつつこのCMを見てみれば、なんともいえない感傷に耽ってしまいます。

2001年度消費者金融貸付残高ランキング

消費者金融の規模をはかる上で一番参考になるのが、融資残高による比較です。業者の側もそれを理解してしていることから、ライバル業者より上になるように営業戦略をかけていました。テレビCMを流し、街でポケットテッシュを配布し、雑誌や街中の看板などによって顧客獲得に励んでいました。

   名 称  本社所在地  融資残高  
1位  武富士  東京 1兆3,412億円   
2位  アコム  東京 1兆2,064億円   
3位  プロミス  東京 9,766億円   
4位  アイフル  京都 8,379億円   
5位  レイク  大阪 5,392億円   
6位  アイク  東京 4,188億円   
7位  三洋信販  福岡 2,252億円   
8位  ディックファイナンス  大阪 2,084億円   
9位  ユニマットライフ  東京 1,659億円   
10位  日立信販  東京 1,601億円